Sense Lack Project

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ここでは、ボイスドラマに仕上げた作品の脚本を公開しています。
読みながら聴いてみたり、実際にやってみたりしてみてください。
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#008 『 掌のなかの缶コーヒー 』  <読む>

 登場人物 : 2人 (男2名)
 完成作品 : 約10分(SE込み)  

 配役
 石野寛郎(いしのひろお):男性
 安居和枝(やすいかずえ):女性


タイトル『掌のなかの缶コーヒー』

キャスト
石野寛郎(いしのひろお):
安居和枝(やすいかずえ):



*会議室のドアが開いて、石野が出てくる。
 静かな廊下に、彼の足音がしばらく響く。
 予定調和の会議。例の案件のプレゼンのあと。
 決まりきったこととはいえ、疲労の色は隠せない。
 その後ろから、追いかけるように、安居和枝のハイヒールの足取りが近づいてくる。
 呼び止められて石野は立ち止まる。

安居「石野君――」(微妙にイライラしたトーンで)
石野「――あ、安居さん、おつかれ/さまです」
安居「ちょっといい?」(ちょっとかぶせて入る)
石野「あ、はい」
安居「(ため息)」

*足音が廊下を進んでいく。廊下の隅にある自動販売機とベンチのあるちいさなスペースに。
 窓から夕日が流れ込んでくる。

*安居は座るように促すと、5歩くらい離れた自動販売機にコインを入れる。
 コインを3枚(120円)入れてうむを言わさず、赤く光ったボタンを押す。
 もう3枚いれて、自分のコーヒーも取り出し口から拾う。その流れで、立ったままの石野に一緒に座るように促す。

安居「そこ、座ってて」
石野「あ、はい」
安居「コーヒーでいいわよね」
 SE:自販機
石野「あ、はい」
 SE:自販機
 *数歩戻ってくる安居
 *そして座る。
安居「いいから座わんなさいよ。」
石野「はい、失礼します」
 *石野ここで座る。
安居「はい、」(コーヒーを渡す)
石野「ありがとうございます」
安居「なんなの?」
石野「へ?はぁ。。。」
安居「なんなの?って聞いてるの。あのプレゼン?」
石野「すいま/せん」
安居「(ちょっとかぶせて)すいませんじゃなくて、……(ため息)」
石野「……。」
安居「そりゃ、わからなくは無いけど。 予定調和な会議だから? ねぇ?」
石野「……いえ、すいません」
安居「……私だって、正直言って、うちの今のやり方は気に食わない」(静かに)
石野「……」
安居「プレゼンの資料って言ったって、パソコンが勝手に作ってくれるわけじゃないんだし。
    あんたがどんなスタイルで仕事してんのか知らないけど」
石野「……」
安居「あんたもうちの会社も、ぬるいのよ」

*安居はそう言うと、コーヒーのプルタブを開けて、ひとくちやった。
 のどを潤して、少しだけ、静かに怒っていたトーンから、気分が変わる。

安居「ねぇ?石野君?」
石野「はい」
安居「あんたオリンピックとかみる?」
石野「オリンピック……ですか? いえ、あんまり」
安居「だから。だから足りないのよ」
石野「……」
安居「足りてないのよ、本気度が。」
石野「……」
安居「マラソン選手がどんな思いして走ってるかわかる?42.195。
    ただ走ってるだけじゃ、メダルなんてとれやしないし、まして、オリンピックの舞台にだって上がれない。
    100メートル。
    9秒8の世界に。命かけてんのよ」
石野「……」
安居「このあいだのオリンピックで、マラソンのメダル取った選手がなんて言ってたか知ってる?」
石野「いえ」
安居「次の電信柱まで精一杯走ろうと、それだけを考えて走りました。って。
    次ぎの電信柱、また次の電信柱。それを繰り返していたら、競技場に戻ってきてました。って。
    電信柱の間隔なんて100メートルか、そこらでしょ?
    彼女は400回繰り返したのよ。
    すべて全力で。それをいくつもの国内予選で繰り返したの。わかる?」
石野「すいません」
安居「(ため息)なにも、あんたを責めてるわけじゃないし、
    悔しい思いをしてんのは、むしろ今のうちの体制と、会議のやり方。
    ――よくやってくれてるし、無茶な数字で出させてんのも……(ため息)」
石野「……」
安居「だけどさ、あんたには、走るトラックがあるわけでしょ?
    まだ35でしょ?若いんだから、そんなところでぬるま湯つかってていいの?」
石野「すいません」
安居「なにも、沸かしたてのお湯みたいに、ずっと熱ぅーーーーいまんまでいなさいなんて説教こいてるわけじゃなくて。
    この缶コーヒーくらいでいいのよ。でも、冷めてたらもったいないじゃない。
    大切な瞬間とか、油断できない一瞬に、『そういうときに熱くなれる自分』っていうカードを、
    一枚くらいはその胸ポケットに入れといても悪くないんじゃない?」
石野「安居さん……」
安居「あー、やだやだ。おばさんっぽくて嫌んなる。(コーヒー飲み干す)ふぅ〜〜。
    あんたはこれからなんだから、しっかり助走つけて、
    三段跳びみたいに、タンタン、トワーーーンって飛べるようになんないと」
石野「はい」
安居「じゃ、来週の会議で決済降りるから、あさっての、うん、金曜日には連絡いれるわ。
    会社にいるでしょ?」
石野「はい」
安居「わかってるんでしょうね?」
石野「はい、わかっております」
安居「ふふふ。(笑) なにを?わかってるの?」
石野「えっと、来週の会議を」
安居「アンタのそういう真面目なトコ、キライじゃないわ」
石野「え?」
安居「飲み会。くるんでしょ?」
石野「ええ、もちろんでございます」
安居「うさんくさい言い方。」
石野「ええ、もちろんでございます」
安居「あんたの顔に、「行きたくねぇ」って書いてあるわよ、バーカ」
石野「いやぁ、……渋川本部長、やっぱり来るわけじゃないですか?」
安居「うん。普通ならね」
石野「それが、なんとも」 *なんともの言い方注意
安居「じゃあ、隣にしてあげよっか?」
石野「いやいや、かんべんしてくださいよー。」
安居「コーヒー冷めるわよ」
石野「あぁ、すいません」

 *足音が近づいてくる渋川敏男本部長

安居「本部長、お疲れ様です」
渋川「おぉ、おつかれっ安居くんっ」
石野「お疲れ様です」
渋川「期待しとるよっ、石井くん」
石野「ありがとうございます」
渋川「おつかれ」
安居「おつかれさまです」
石野「おつかれさまです」

 *足音が遠ざかっていく
 *遠くでドアが閉まる
 *静かになって

石野「かんべんしてくださいよー」
安居「アハハハハハハ、いい顔っ」
石野「もー」
安居「真っ青」
石野「かんべんしてくださいよー」
安居「私にとってはいい上司だけど?」
石野「いや、そりゃいい人ですよ?でも、」
安居「なに?」
石野「目の奥、笑ってないんですもん」
安居「あー、わかる。
    けど、あの人くらいかな?ちいさいことでも感謝してくれる上司」
石野「あー、そうですね」
安居「あんたも部下まかされて仕事やってんでしょ?」
石野「はい」
安居「ちゃんと言ってるの?ありがとうとか、そういうこと」
石野「あー、いえ。いえてません」
安居「あんたはそういうの、ちゃんとできる上司になりな?
    アタシみたいにオコゴト押し付けちゃう上司じゃなくて。
石野「そんなこと……」
安居「いい?」
石野「はい、ありがとうございます」
安居「じゃ、私も仕事たまってるから。よいしょっと」
石野「あ、これ、ありがとうございます」
安居「コーヒーぐらい、またおごってあげるわよ。お疲れ」
石野「おつかれさまです」
 *5〜6歩くらい歩いて安井が止まる
安居「あ、石野君?」
石野「はい」
安居「アタシが飲み会誘ったら、来る?」
石野「はい、もちろんでございます」
安居「仕事じゃなくても?」
石野「あー、仕事じゃなかったら、迷わず行きます」
安居「あっそ。優しいのね」
石野「いえ」
安居「じゃ、プライベートで、渋川本部長も誘っとく」
石野「いやいやいやいや、それだけは、かんべんしてくださいよー」
安居「ふふ、じゃ、おつかれ」
石野「おつかれさまです」

 *安居のヒールの音が響きながらゆっくりと去っていく。

 -end-

タイトルコール『掌のなかの缶コーヒー』
        (てのひらのなかのかんこーひー)
石野寛郎(いしのひろお):(役者名)
安居和枝(やすいかずえ):(役者名)

以上でお送りしました。





※使用している記号について
・* …… シーン説明 (場面の状況を描いています)
・SE …… サウンドエフェクト 効果音
・M …… 音楽 挿入曲  (文色では、演出上必要な場合にのみ記載。たいていの場合、音響の判断でつけるようにしています)
・(N) …… ナレーション  (文色では、演出上、モノローグ(独白)のような場合もある 今回の物語ではモノローグ的な演出)
・F.O. …… フェードアウト (効果音に関する指定)