STORY

【脚本版】

『飛鳥の空に友と誓ひて』

キャスト
・ナレーション
・小野妹子
・聖徳太子
・侍女A:

脚本版オリジナル 追記部分(第5場)
・推古(額田部)
・侍女B
・妹子(少年)
・聖徳(少年)

  ***


>>>第1場
ナレーション(N)
(N):都の空は今日も青く澄んでいる。空には夏らしいいくつかの雲が浮かんでいた。

SE:静かな空間に鳥の鳴き声、夏のセミの音
SE:妹子の足音
SE:座卓の前の座布団に座る
SE:硯で墨を磨ぐ
SE:筆が走る音

(N):飛鳥と呼ばれた地には都が築かれ、人々が行き交う。
その賑わいは都のはずれにある屋敷にまでわずかだが響いてくる。
小野妹子は筆を手に、独り窓から見える青空を見上げていた。

SE:足音が屋敷の廊下を近づいてくる。
SE:妹子は筆を置いた。

SE:閉ざされた襖の向こうから、右へ左へふらふらとした安定しない足音が近づいてくる。

聖徳「なぁ、妹子ぉ」

SE:襖が開く
聖徳「なぁ、妹子ぉ」
SE:倒れこむ音

妹子「(ため息)」
聖徳「やべぇ、しんどい」(若君は呟くように言った。
妹子「どうしたんです?」(正座したまま冷静に)
聖徳「やべぇ」
妹子「(ため息)まったく、『上宮家(かみつみやけ)の若君』ともあろうお方が、こんなところで」
もう昼下がりですよ?」
SE:聖徳が身体を起こす
聖徳「うー、飲みすぎた」
SE:小さな箪笥から手ぬぐいを2枚ほど取り出した。
妹子「えぇ?なんですって?」
聖徳「呑・み・す・ぎ・ま・し・た。」
SE:妹子は1枚目の手ぬぐいを広げながら、一寸手を止め、
妹子「でも、昨晩は、だって・・・」
聖徳「んん。そうだよ?額田部のおばさんとこ行ってきたけどさ」
妹子「ちょ、ちょっと、おばさんって、しかも、今はもう即位されて――」
聖徳「あーわかってるって、推古さんでしょ? いいのいいの、俺と姉さんの仲だから」
妹子「(ため息)」

妹子「それはそうと、どこで飲んだんですか?そんなにべろんべろんになるまで?」
聖徳「いや、朝まで、おばさんとこでさ」
妹子「大丈夫だったんですか?」
聖徳「ちょっとわりぃ、水、くんね?」
妹子「は、はい、ちょっと待ってください」
SE:妹子が立ち上がり小走りで(板の間の上?畳無いかも?)
SE:水甕の音(距離は遠め、聖徳視点かな?)

聖徳「(呼びかけて)『どこに住めばいいの?』って聴くんだ。急にさ、」
SE:妹子は水の入った急須と、茶碗を持ち寄り、傍らにひざを付いて「はい」と手渡した。
妹子「はい」
聖徳「おう、わりぃ」
妹子「ひどい酔いかたですね」
SE:急須で一口分を注ぐ。
SE:若君は口元に運ぶと一息に飲み干す。
SE:若君は器をゆっくりと床に置くと、あいた右手の掌を妹子に差し出した。
聖徳「いや、あっち出るとき、まだ楽になったほうなんだよ」
妹子「どうぞ」
聖徳「ありがと」

聖徳「いやぁ、籠がさ、あいつら、走りやがって、ゆっさゆっさゆっさゆっさ。酔っとるっちゅうとるやろが!って言ってんのにさ、聴かねぇの」
妹子「また、どこかにうつられるのですか?」
聖徳「いや、だからね、言ってやったんだよ、斑鳩(いかるが)行きをいまさら取りやめて、別のところへうつっても、どうにもなんねぇよ?って」
妹子「それで、ひきさがったんですか?ひきさがらないでしょう?」
聖徳「いや、だから、こうなってんだよ」
妹子「え?いや、えっと……酔ってる事とどうつながるんですか?」
聖徳「おまえは、生真面目だよな、」



>>>第2場

SE:聖徳横になる
聖徳「だー、しんどい」
妹子「もう、これだから、酔っ払いは」
SE:妹子は立ち上がり、座卓の前に行く。硯の心地よい音がする。

聖徳「また里に便りでも書いてたのか?」
妹子「これですか?」
聖徳「ああ。墨のいい香りがする」
妹子「そうでしょう。この、墨を磨ぐときの香りが好きなので。」
聖徳「ふぅ〜ん」
妹子「私は、心が落ち着きます」

SE:硯の音、急に止まって
妹子「あ、それで、推古さまはなんて?」
聖徳「あー、そうそう。だからね、飲んだの、朝まで。四天王寺(してんのうじ)から、若い坊さん呼んで、朝までお経聴きながら」
妹子「え?お経?」
聖徳「まじで、酔えないから」
妹子「それで……?」
SE:身体を起こす聖徳
聖徳「よいしょっと、ふー」
妹子「え?でも酔っているんでしょ?」
聖徳「いやいや、おばさんはヤケ酒ですよ、もうね、飲みまくり」
妹子「そんなバチ当たりなことやって大丈夫なんですか?」
聖徳「いや、若い坊さんは緊張しまくりのカミまくりだったけどさ、
 『すみませんでした、こんなに長い間読み続けたことはありませんでしたので、でもいい経験になりました』って。ハハ」
妹子「そうじゃなくて――」
聖徳「いいか、いもさん?」
妹子「は、はい」
聖徳「『病は気から』って鳥形山(とりがたやま)の慧慈(エジ)のおっさんも言ってたっしょ?」
妹子「は、はい。それで、推古さまは?」
聖徳「効果テキメン」
妹子「え?」
聖徳「ちょっと荒療治だった感じはあるけどさ。日が昇って一眠りして、すぐ起きたんだけど、さっぱりした顔してさ」
妹子「はい、」
聖徳「『だめね、アタシ。もっと、この国のためにできることを考えなくちゃ。女だから、なんて逃げてられないわ』って」
妹子「ホントですか?」
聖徳「ホントだよ、」
妹子「そんなに・・・」
聖徳「でも、ありえねぇ。」
妹子「なにかあったんですか?」
聖徳「だって、あのおばさんすげぇ飲むぜ?夜飲んだのに、朝から再開だってよ!アハハハハ」
聖徳「もうさ、つきあいきれねぇよ、なー」

SE:妹子が立ち上がり、聖徳のそばへ

聖徳「あー、しんどー」
妹子「もう一杯のみますか?」
聖徳「酒はもういらねぇよ」
妹子「お水です」
聖徳「ありがと」
SE:若君は床に置いた器を手にした。
SE:妹子は再度水を注ぎ、若君はひとくちでそれを飲み干した。
聖徳「なぁ、妹子?」
妹子「なんですか?」
聖徳「木簡があるだろ?」
妹子「普段使ってるモッカン?」
SE:机の上にある木簡を手に取る
妹子「これですか?」
聖徳「そ、その木の板切れ」

聖徳「同じ大きさに切った木管。20個くらい重ねてあるんだ。みんな同じことが書いてある」
妹子「同じこと?」
聖徳「あぁ。書いてあることはなんでもいいんだけど、例えば、それがいくつもあるんだ。書き物用の、その木簡」
妹子「これが20個……」
聖徳「どうも見分けがつかん。だが、必要な一本を急いで手に取りたい」
妹子「ああ。簡単です。色のついた紐でも使って縛っておけばいい」
聖徳「あぁ、そうか」
妹子「色を変えれば、同じものはなくなるのではないですか?」
聖徳「あぁ、そうか、色か。色だよな、色だよ。ありがと、妹子」
妹子「いえ」
聖徳「そうだ、色か。あーなんで気付かなかったんだろ」

SE:妹子は書机の前に座って、急須に入れた水を少し硯に注いで墨を磨ぎ始める。
静かに雲が流れていく。
部屋の中に新しい墨の香りが広がっていく。

*第3場

聖徳「なぁ、妹子?お前は、どんな色が好きだ?」
妹子「私ですか?」
 SE:ふと手を止め、妹子は話しながら手元を動かす。
妹子「私は、、、紫でしょうか。空の青よりもずっと濃い、夕暮れのあとの空のような色です」
聖徳「夜の方が好きなのか?」
妹子「心が穏やかになれます」
聖徳「月の光の色じゃないのか?」
妹子「まぶしすぎます。けれど、日の光があたれば、紫は高貴に輝く。そうは思いませんか?」
聖徳「ん〜、どうだろ? よいしょっと、ふー」
 SE:若君は起き上がると庭のほうをぼんやりと眺めている。
 SE:硯の音がして、ぴたっと手を止める妹子
妹子「また、何か考えているのですか?」
聖徳「あー、いや、能力のあるものを、適切に、、、適材適所というのかな?
血筋でできることと、そういう、逆にそういう昔からの慣わしが足かせになることがある。
それを区別できないかと思ってな」
 SE:妹子は墨を傍らの器に置いた。

妹子「なにやら難しそうなことを考えていらっしゃいますね。」
聖徳「そうか?得意なことは得意なやつにやらせたほうがいいに決まってる」
妹子「それはそうです」
聖徳「妹子は、大陸の言葉をよく知ってる」
妹子「ええ、ただ好きで学んでおるだけでございます」
聖徳「そういうのがいずれ役にたつ。」
妹子「私の、これは、そうは思いませんけどね」
 SE:木簡を手に取る
妹子「あ、若君?」
聖徳「ん?」
妹子「木簡に、色のついた紐」
聖徳「ん?」
 SE:妹子紐を結ぶ
妹子「よいしょっと、うん、若君、例えばこんなふうに。ちょうど紫の紐が手元にありましたので」
聖徳「あぁ、なるほど」
妹子「これに、文字を書けばいいのではありませんか?」
聖徳「あぁ、そういうやり方もあるな、先に色のついた紐を。なるほどな」
妹子「こういう文字でいいかな?よし。うん」(独り言っぽく)
 SE:妹子筆を置く
聖徳「なぁ、妹子」
妹子「なんでしょう?」
聖徳「ちょっとさ、お前、一度でいいからあっちいってこいや?」
妹子「あっち?」
聖徳「大陸」
妹子「え?」
聖徳「唐の国の文化を教えてくれないか?」
妹子「わ、わたしがですか?」
聖徳「いや、今すぐっていうんじゃないんだ」
聖徳「ん〜、なんていうか、他のヤツの言うことは、信じられないときがある。
けど、妹子のいうことなら、納得ができそうな気がする。
この国は、今、俺たちがなんとかしないといけない。
だから、妹子、俺を助けてくれないか?」
妹子「わかりました。では、この学びの質を少しずつ高めておきましょう」
妹子「私ができることなら、なんでもいたしますから」
聖徳「そう、その言葉が聴きたかった。」
聖徳「なぁ妹子ぉ?」
妹子「なんですか?」
 SE:妹子の足音
聖徳「じゃあさ、俺の部屋の片付けをさ、」
妹子「それは自分でやってください」
 SE:木簡で聖徳の頭を軽くはたく
聖徳「いたっ」
聖徳「木簡って意外と痛いんだからな」
妹子「どうぞ」
聖徳「なにこれ?」
妹子「それを部屋にでも飾ってください」
聖徳「え?なに? 何も書いて無いよ?」
妹子「う・ら」
聖徳「え?なに?――禁酒――」
妹子「意味はおわかりでしょう?」
聖徳「あぁ、うん。禁酒ね。禁酒。お酒もほどほどにってか?」
妹子「少しは身体をいたわってあげてください」
聖徳「うん」
 SE:妹子が少し歩いて水甕のそばくらいの距離へ
聖徳「なぁ、妹子?」
妹子「なんですか?」
聖徳「妹子は相変わらず、達筆だのう」


   ***


>>>第4場

ナレーション(N)
推古天皇が即位されて15年が過ぎたころ、妹子は唐へ向かう舟にのった。
大陸の文化は華やかで、さまざまな方法で国をおさめ、役人をあつめていた。
仏教という教えを中心に据え、
人々の「こころ」を穏やかに保つ術を方法として利用していた。
――学びはいづれ役に立つ――
その言葉は真実になった。
そして小野妹子は渡航から1年の歳月をへて、飛鳥の地へ戻ってきた。

SE:遠くでとんびの鳴く声
SE:季節はやや秋にさしかかる。(くらいの感じがいいかも)
SE:水の流れる音


聖徳「妹子、こんなところにいたのか?」
妹子「若君、あーいや、聖徳さま」
聖徳「無事でなにより」
聖徳「礼をいわせてくれ、ありがとう」
妹子「あなたがおっしゃったことは真実になりました」
聖徳「なんだ?」
妹子「『学びはいづれ役に立つ』と」
聖徳「そんなこと言ったっけ?」
妹子「ええ、おっしゃいました。私が唐へ行く船に乗る、5年も前に」
聖徳「ごめん、おぼえてない」
妹子「いえ、いいんです」
聖徳「だが、確かにそうだ『学びはいづれ役に立つ』。妹子が私に教えてくれたことは、今、この国に必要な事ばかりだ」

聖徳「ところで、妹子?」
妹子「なんでしょう?」
聖徳「こんなところで何を?」
妹子「小川のほとりにあったこの花を、いくつか持って帰ろうと考えていたところです」
聖徳「花?」
妹子「ええ」
聖徳「持って帰ってどうするのだ?」
妹子「おうみの、私の里の、むらおさが亡くなられたという報せを受け取りました」
聖徳「そうだったのか・・・」
妹子「つらくはありません。時が経てば、いずれ私たちにもその時は訪れます」
聖徳「そうだが・・・」
妹子「少し心が落ち着かないので、花を供えようかと思ったのです」
聖徳「花を?」
妹子「ええ。ですから、この白い花を――」
聖徳「白い花をどうするのだ?」
妹子「部屋に置くのです。器を、なんでも構わないのですが、器に土を盛り、そこに花を」
聖徳「器に花?」
妹子「ええ。少し心が落ち着くと思います」
聖徳「そうか。だが、部屋の中に花が咲いているというのは・・・ん〜、想像できん」
妹子「部屋の中に花が咲くのはステキだと思いませんか?数日間なら、花はその色を落としはしません」
聖徳「いいじゃないか。それも、大陸の文化なのか?」
妹子「ええ。私が学んだことのひとつであります」
聖徳「さっそく、見せてくれないか。私の部屋に、その白い花を咲かせてくれないか」
妹子「ふー、まったく。しかたありませんね。あ、若君、」
聖徳「なんだ?妹子?」
妹子「部屋はちゃんと片付いているんでしょうね?」
聖徳「ん〜、大丈夫だと思う」
妹子「(ため息)まったく。花を生ける前に、またそこから始めないといけないのですか?」
聖徳「大丈夫だといっておるだろ」
妹子「ほんとうに?」
聖徳「大丈夫だって」


>>>第5場

(N)ふたりは幼い頃から幾度となく同じようなやりとりをした。
妹子が「部屋は?」と尋ねる。
その度に、若君は「大丈夫だ」と言い、
その度に、妹子は惨事を目(ま)の当たりにする。
以前、若君の部屋の片づけをしている最中にこんな出来事があった。

妹子(少年)「まだ片付いてない」
聖徳(少年)「いまやってる」
妹子(少年)「若君、はやくしないと、」
聖徳(少年)「あー、わかってるって」
推古「若君はどこへ?」
侍女B「お部屋にいらっしゃると思います」
推古「ぬかたべが参りましたとお伝えください」
 SE:侍女の足音が近づいてくる
妹子(少年)「若君、」
聖徳(少年)「やべぇ(笑)妹子これ見ろよ、去年の」
妹子(少年)「もう、そうやって、手を止めるから片付かないんですよ。そういうのはあとで」
聖徳(少年)「なんだよ、つれないなー」
侍女B「若君、ぬかたべのひめみこさまがいらっしゃいました」
聖徳(少年)「うっそ、やべぇ」
妹子(少年)「ホントに?」
聖徳(少年)「はやくねぇ?」
侍女B「表で待っていらっしゃいます、いかがされますか?」
聖徳(少年)「え、どうしよ。妹子?」
妹子(少年)「えっと、もう少々お待ちくださいと、お伝えください」
侍女B「はい、かしこまりました」
 SE:侍女の足音が玄関に歩いていく
 SE:部屋を片付ける音(がちゃがちゃする音)
侍女B「もう少々お待ちくださいと、妹子さまが、あ、いえ、若君が」
推古「そうですか」
侍女B「はい」
推古「どのくらい待てばよろしいですか?」
侍女B「えっと、少々。」
推古「いいですか?そういうときは、ただいま伺って参ります、といえば良いのです」
侍女B「はい、ただいま伺って参ります」
推古「そう。はい、行ってきてちょうだい」
侍女B「はい」
 SE:侍女の足音
侍女B「若君、」
聖徳(少年)「なに?」
侍女B「ぬかたべのひめみこさまが、どのくらい待てばよろしいですか?とおっしゃっています」
聖徳(少年)「どのくらいって、あれだよ、片付くまで」
侍女B「はい、かしこまりました」
妹子(少年)「ちょちょちょちょちょっと待って、待って、待って、待って」
侍女B「なんですか?妹子さま?」
妹子(少年)「ダ、ダ、ダメでしょ?それそのまま言っちゃ」
侍女B「え?いけませんか?」
妹子(少年)「えっと、お茶を出してあげてください」
聖徳(少年)「そう、お茶を湯のみのぎりぎりいっぱい、めいっぱい!アハハハ」
妹子(少年)「若君ダメでしょ!憎茶(にくちゃ)とか」
聖徳(少年)「すっげぇ怒るだろうな!アハハハハ!来たら、憎茶だされてさ、アハハハハ」
妹子(少年)「とりあえず、お茶を出して、私が、妹子が参りますとお伝えください、それまでお待ちくださいと」
侍女B「はい」
 SE:侍女の足音
侍女B「ぬかたべのひめみこさま、」
推古「あら、いかがでした?」
侍女B「ただいま、お茶を持って参ります、それから、妹子さまがこちらにいらっしゃいますので、それまでお待ちくださいとのことでした」
推古「妹子さんが?」
侍女B「はい」
推古「なるほどね、お茶はいいわ」
侍女B「はい」
推古「ねぇ?」
侍女B「はい」
推古「ホントはなんて?若君は?」
侍女B「えっと、片付くまで待ってくださいと」
推古「やっぱり。わかりました、では、失礼いたします。」
侍女B「え、ちょっと、ひめみこさま、」
 SE:女性の歩く音、少し怒ったような
 SE:侍女のついてくる足音
推古「若君、どれだけ待たせる気ですか?参りますと3日前に伝えたはずでしょ!」
聖徳(少年)「あ、おばちゃん」
推古「いったいこれはなんなんです?!どうやったらこんなに散らかすことができるのですか?
こんな、足の踏み場も無いような部屋、私は見たことがありませんわ!」
聖徳(少年)「これでもきれいになったほうなんだけど」
推古「まったく、若君!これじゃあ、まるで、うまやどではありませんか!」


>>>第6場

(N)若君の部屋はきちんと整理整頓がされていた。
ふたりがそれぞれ座布団に腰を下ろすと
ひとりの少女が慣れた手つきで急須と湯飲みを差し出した。


聖徳「まぁ、座ってくれ」
妹子「失礼します」
侍女A「どうぞ」
妹子「ありがとう」
聖徳「ありがと」
妹子「あ、そうだ、何か、器はありますか?」
聖徳「そうだったな。なにか、器を持ってきてくれるか?」
侍女A「はい」
妹子「意外ときれいにしてたんですね」
聖徳「だから、大丈夫だと言ったろう?」
妹子「もう、厩戸皇子(うまやどのおおきみ)とは呼ばれなくて済みますね」
聖徳「たいそうな名前をもらったもんだ」
侍女A「失礼いたします、このようなものを3つほどですが……」
妹子「ありがとう、ん〜、この平らなものを借りましょう」
侍女A「他は?」
妹子「大丈夫です、これが一枚あれば。ちょうどいいのを持ってきてくれましたね、ありがとう。
あ、ついでに、お願いしてもいいですか?」
侍女A「はい?」
妹子「土が欲しいのです」
侍女A「申し訳ございません」
聖徳「あぁ、大丈夫。わからなくて当然だ、私もどうやるのか全く知らない」
聖徳「いい機会だ、妹子について行って、学ぼうではないか」
妹子「では、縁側から庭へ」
 SE:立ち上がる3人
侍女A「降りられますか?」
妹子「そうですね、草履を貸していただけますか?」
侍女A「こちらでよろしいですか?」
妹子「ああ、ちょうどいい。ありがとう」
 SE:草履と土の音:妹子
侍女A「しょうとくさまは?」
聖徳「私はここから見ているよ。私の代わりに庭へ、妹子といっしょに降りてくれるか?」
侍女A「はい」
 SE:小走り:草履と土:侍女
妹子「いいですか?こうやって、庭の土を、程良いくらいに器に盛ります」
侍女A「手拭いをお使いください」
妹子「ああ、ありがとう。では、その器を持ってきてくれますか?」
侍女A「はい」
 SE:草履足音2人分
妹子「この子が部屋の片づけを?」
聖徳「そのような役目はいらないと言ったんだがな」
妹子「じゃあ、推古さまが見かねて?」
聖徳「昨年の、そう、妹子が舟に乗ったその日のうちにひとりよこした。それがその娘だ」
妹子「気の利く良い子ですね。あなたも一緒にあがりなさい」
侍女「はい、ありがとうございます」
妹子「推古さまのすばらしいご決断だ」
聖徳「私もそう思う」
妹子「こちらでよろしいですか?」
聖徳「いや、中でやってくれ、縁側は床が冷える。中へ、そこへ置いてくれ」
侍女「はい」
聖徳「よいしょ」
 SE:どさ(座る音)
 SE:座る音
 SE:床に器を置く音
侍女A「失礼いたします」
妹子「あ、あなたもそこに腰を下ろしなさい」
聖徳「そうだな、一緒に学ぼう」
侍女A「はい」
妹子「先ほど摘んだ花をここに立てるのです」
妹子「手立てとしてはこのように簡単です」
聖徳「お前にもできそうだな」
妹子「季節や、まつり事に合せて、器を選び、花を選びます。そういう文化としての手立てが絡んでくるとちょっと難しいかもしれません」
聖徳「お前には難しそうだな」
侍女A「はい」
妹子「土に感謝すること、花に感謝すること、それから、誰かを想って花を見立てること」
聖徳「お前にもできそうか?」
侍女A「はい」
妹子「水を、この器に雨をあげるのです。注ぎすぎてもダメですし、世話をしてあげないのはもっといけません」
侍女A「はい」
聖徳「妹子、すばらしい文化だな」
妹子「私もそう思います」
 SE:雨が降り始める
聖徳「おお、雨か?」
妹子「あらまぁ、降り始めましたね」
聖徳「妹子、つづけてくれ」
妹子「そうですね。では、この器にも、雨をあげましょう。急須でかまいません、水を持ってきてくれますか?」
侍女「はい」
 SE:小走りで廊下を駆けっていく。
妹子「真直ぐな良い目をしている」
聖徳「だが、ひとつだけ、譲らないことがある、頑固な娘だ」
妹子「なにかあったのですか?」
聖徳「これだ。覚えてるか?」
妹子「あぁ、いつか書いた木管ですね」
聖徳「身にしみる教えだ」
妹子「我ながら、良い字をかけました」
聖徳「これをここの壁に飾ると言って、聞かないんだ。
妹子に額を叩かれた話をしたんだが、それ以来、ずっとここに置くと言って聞かない」

聖徳「この木簡に結んである紫の紐を見るたびに、毎日、妹子に怒られているような気がする、酒も飲んでいないのにな」
侍女A「失礼いたします」
 SE:急須を置く音
妹子「ありがとう、いいですか?土をさわってごらんなさい?」
侍女A「よろしいですか?」
聖徳「妹子に従いなさい」
侍女A「はい」
妹子「だいじょうぶ、こわがらなくても」
妹子「少しずつ、水をやります。このくらいの急須が一番扱いやすいかもしれませんね」
 SE:水を注ぐ
妹子「少しずつ、乾いていた土が潤っていきます」
聖徳「おお、色が変わっていく。濃い土の色だ」
妹子「このくらいが今の季節ちょうど良いと思います。ね」
侍女A「はい」
妹子「夏は乾きやすいですから、注意しておきましょうね」
侍女A「はい」
聖徳「冬は?」
妹子「あまり冷たくないものを。例えば、昨日から甕に入れてあるような、優しい水を使うほうが好ましいようです」
聖徳「なぜ?」
妹子「花がびっくりしてしまいます」
聖徳「なるほど。花も人も同じだな」
妹子「失礼」
 SE:立ち上がる妹子
妹子「(よびかけて)すみません、これを――うん、ありがとう」
聖徳「どうだ?」
侍女A「土が生きているみたいです」
聖徳「なるほど」
 SE:戻ってくる妹子
妹子「いかがでしょうか?」
聖徳「土が生きているようだと」
妹子「手を貸してごらんなさい、拭ってあげましょう」
侍女A「あ。」
妹子「やさしい手です」
侍女A「すみません」
妹子「ひさしぶりです、誰かの手を拭ってあげるなんて、ねぇ?」
聖徳「よく世話になったもんだな」
妹子「懐かしいですね」
聖徳「懐かしいな」
妹子「若君も拭ってあげましょうか?」
聖徳「大丈夫。遠慮しておくよ」
侍女A「ありがとうございます」
妹子「あなたは素直ないい目をしていますね。
誰かを想うことで、花は一層美しく咲いてくれます。
花を想うことで、その花は一層長く、その色を見せてくれます」
侍女「はい。――あ、手拭いを」
妹子「そうですね、ありがとう」
妹子「それでは、手前が正面になっていますので、これを、見ていただく方へまわします」
聖徳「部屋の中に花が咲くとは」
妹子「八百万(やおよろず)の神々からの頂き物です。感謝をする気持ちを忘れてはいけませんね」
聖徳「この花は、なんとなくお前に似ているな」
侍女A「いえ、そんな」
聖徳「感謝しているぞ、いつもありがとう」
侍女A「ありがとうございます」
侍女A「妹子さま?」
妹子「なんでしょう?」
侍女A「聖徳さまは、身体を壊さない善き教えだと、その木簡を大切にしておられます」
妹子「そんなもの、片付けてしまっていいのに」
侍女A「聖徳さまはいつも皆におっしゃられております、妹子さまに頂いた、都で一番達筆な木簡だと。
私は学がありません、なんという意味なのですか?聖徳さまは教えてくださらないのです」
妹子「『イィチュゥ』(中国語っぽく)
侍女A「いいちゅう?」
妹子「『我が身をかえりみて、身の丈を超えるような無茶をしない』という意味の教訓です」
侍女A「ありがとうございます」
聖徳「なぁ、妹子? この紫を、妹子に返すときが来たようだ」
妹子「紫を?」
聖徳「あぁ、律令制度に新しく冠位を設けた。妹子は充分にそれだけの役目を担ってくれた」
妹子「ありがたきお言葉、ですが、私には――」
聖徳「いや、お前にこそふさわしい。冠位、大徳 (だいとく)。正式にお前に授ける。妹子、渡航の難儀よくやってくれた。
    いつだったか、お前が好きだと言った色だ」
妹子「聖徳さま――」
聖徳「だから、明日にでも斑鳩へ行こう。ついでに推古のおばさんにも花を見せてやってはくれぬか?」
妹子「では、この子を共に連れて行きましょう」
聖徳「それと、悪いんだが、」
妹子「なんでしょうか?」
聖徳「この木簡と同じ文言を書いてやってくれ、おばさん、昨日も呑んでたらしい。やってくれるか?」
妹子「しかたないですね。けど、言ったでしょう?私ができることなら、なんでもいたします、と」
聖徳「そう、その言葉が聴きたかった」
妹子「私がお手伝いいたしましょう」
聖徳「頼んだぞ」
妹子「はい」
聖徳「これからもだ」
妹子「はい」



  END