Sweet CAnDIes

スイートキャンディーズ


すいーときゃんでぃず

novel  ―太郎と脱皮とぽわぽわと―
                作:はね子


 窓辺から暖かな陽の光が差し込む昼下がり。
 四匹は思い思いの場所でくつろいでいる。
 いつもと変わらない、関口家の平穏な光景。
 お気に入りのやわらかクッションに寝そべっていた茶々はゆっくりと体を起こすと、
日陰から空を見上げてじっとしているガラパゴスの隣に並んで横になった。

「ねぇ、ガラパゴス?」

「なんでしょうか、茶々さん?」

 ぼんやりと佇んでいたガラパゴスは、茶々の声にゆっくりと瞬きをすると、
彼女の方へこれまたゆっくりと顔を向けた。

「アンタ、グリーンイグアナなのに、なんで緑色してないの?」

 ガラパゴスの丸い瞳が自分へと向けられると、茶々はずっと抱いていた疑問を口にする。
 彼女の質問の通り、ガラパゴスの体はくすんだ灰色。
 所々に岩に張り付いた苔のように緑色がかった鱗が存在するけれど、
 彼の体の色は“グリーンイグアナ”の名前からは程遠い位に灰色だった。
 茶々の問いかけから暫しの沈黙。
 ガラパゴスは物言いたげに口を開いたがそこから答えが発せられる事はなく、
鈍い動きで大きな口の開閉を繰り返していた。
 小さな茶々の頭部を丸呑み出来そうなガラパゴスの口をじぃっと見つめながら、
茶々は彼の回答を気長に待っていた。

「あーーーー、ぐりーん…ですか、はい、ぐりーんですね、です。でしたよ、みどり色」

「え? でした…って?」

 閉じた口がぱかっと開き、そのままの状態が数秒、の後。ようやく返ってきた答えに、茶々は訝しげに首を傾げる。

「はい。ちゃんと、しっかり、みどりは、みどりで、それはもう、あざやかに、みどりは、色を、していました」

「…え? だから、なんで、“でした”なのよ」

 要領を得ない問答に茶々は幾分苛立たしげに声を上げるが、ガラパゴスは全く気にする素振りも見せずに言葉を続けた。

「体がですね、おおきくなって、おおきく、ぐんぐんと、なるんですよ。
 すると、皮が、一皮がむけるのです。
 むけると、どんどん、むけて、みどりが、みどりで、なくなっていくのです」

「……むけ、る?」

「はい。
 ぽろりと、ぽろぽろと、皮が、むけては、ぼくは、おおきく、どんどん、おおきく、おおきな、ガラパゴスになっていくのです」

 茶々の疑問符にガラパゴスは得意げに目を細めた、けれど……。

「ワケわかんない!」

 ガラパゴスの説明は全く想像が付かず、茶々はぷぃっとそっぽを向いた。
 二人のそんなやり取りをソファの上から眺めていたフランシスは、軽やかな足音と共に二人の間に入っていく。

「あぁ、“脱皮”の事を言っているのかい、ガラパゴス?」

「はい、その通りです、フランシス君。
 ぼくは、脱皮で、脱皮して、皮がむけていくのです。
 そうして、今のぼくがいるのです」

 ゆっくりゆっくりガラパゴスはフランシスに向かって何度も頷きながら言葉を連ねていくが、
 茶々の疑問は解けないままで、大きな猫目を瞬かせた。

「なぁに、その“だっぴ”って」

「ぼくら哺乳類と違ってガラパゴスみたいな爬虫類は表皮細胞が大きくならないんだ。
 だから脱皮という古い表皮を脱ぎ捨てて成長する体に合わせて新しい肌を作り出す。そうして――」

 疑問の絶えない茶々に向かってフランシスは咳払いを一つすると、
鼻を鳴らしながら胸を反らせ、動物図鑑に載っているかのような説明をし始めた。
 淀みなく発せられるフランシスの講釈に、茶々は辛抱出来ないとばかりに毛を逆立てた。

「だからその長ったらしい講義は充分なの! すっきりさっぱり簡潔に説明しなさいよ!」

「君が聞きたそうにしていたから、話していただけなんだけどね?」

「だぁから! そーゆうのは必要ないっていっつも言ってるでしょーが!」

 鋭い牙をむき出しにする茶々に、フランシスはつぶらな瞳を悪戯っこのように輝かせながら小首を傾げた。
 そんなフランシスに茶々の苛立ちは更に増し、今にも飛びかからんとばかりに長い尻尾をピンと立てた。
 こんなやり取りは日常茶飯事だった。
 何かと茶々を相手に得意げに講釈を繰り返し、茶々の苛立ちを煽るフランシス。
不愉快げに尻尾をばったんばったん床に叩きつける茶々のその仕草を見ているのが面白くて、
彼女をからかっているにすぎない。
 フランシスの瞳に存分に宿る悪戯成分に気付かない茶々ではない。
 だから、わずらわしい講釈を垂らすその口元に今日こそは噛み付いてやろうと牙をむき出した茶々だったが――。

「脱皮は、ぼくらガラパゴスには必要、なんです。
 そう、必要で、脱皮がないと、おおきく、おおきな、イグアナに、なれません。
 なので、
 だいじ、です。必要、です」

 のんびりとしたガラパゴスの声に、踏み込んだ茶々の前脚ががくりと崩れ落ちた。
 茶々の中で風船のように膨れ上がった苛々がガラパゴスの平和な声でぷしゅうと一気にしぼみ、
胸の中に残っている苛立ちを溜息と共に吐き出した。

「――脱皮しなきゃ、大きくなれないってこと?」

 崩れ落ちた前脚の勢いのままにぺたんと体を床に這わせ、茶々はガラパゴスを見上げた。

「まぁ、そういう事だね」

「……最初っからそう言えばいいじゃないのよ、ったく」

 ガラパゴスの代わりに茶々の解答に“花丸だね”と満面の笑みを返すフランシスに、
茶々は苦々しく舌打ちをしてジト目で睨みつけた。

「なんだい、茶々? まだ何か言いたそうだね?」

「もう、いいわよ! なんでもないわよっ! ふんっ」

 うさんくさい位の笑顔を浮かべたままのフランシスから勢いよく顔を背けた茶々は、
尻尾をピンと立ててぷりぷりしながらフランシスとガラパゴスから離れていった。



「まったく、フランシスのヤツ! ほんっとにムカつくんだからっ」

 鼻息荒く悪態を付きながら茶々が向かうのは、初夏の心地よい涼風が入り込む窓辺だった。
 白いレースのカーテンは風のそよぎに合わせて揺らめき、窓辺で気持ちよさそうに昼寝を楽しむ太郎のたれ耳をくすぐっている。
 カーテンの裾が耳に当たる度にぴこぴこと耳を揺らす太郎ではあるが、目を覚ます気配は一向になく、程よく湿った黒鼻から細く寝息を立て続けていた。
 カーテンの悪戯にも茶々の荒々しい足音にも動じる事なく、だらんと四肢を投げ出し眠っている太郎の傍らに伏せた茶々は、毛足の長い被毛に包まれる後ろ足にあごを乗せた。

「ガラパゴスって、やっぱヘンなの。
 皮がむけて大きくなるとか…しんじらんない! そう思わない? 太郎――って、やっぱまだ寝てる。 ……もうっ」

 愚痴る茶々だが返ってきたのが寝息だと分かると、一瞬後ろを振り返り太郎の寝顔を確認した。

「すぅ〜ぱぁ〜〜きゃぁ〜ち〜〜……むにゅむにゃ……」

 夢の中でフリスビーでもしているみたい。  幸せそうな寝言を洩らす太郎に、ぷいっとそっぽを向いて再び後ろ足にあごを預けた。

「ぐーぐー。すやすや、すぴー。」

「…………」

「すぴすぴ、すぴー。ぐーぐーぐーぐー。」

 不明瞭な寝言から深く眠りに落ちた証拠とも言える寝息を聞きながら、
 茶々は目の前で風に揺られる太郎のふわふわ尻尾をぼんやり眺めていた。

「………………ふふ。」

 茶々の釣り上がった猫目がとろんと細まり、自然と口元に笑みが浮かび――。

「ふわふわー。たろちゃのしっぽ、ふわふわ、わふわふー」

 そして、たっぷりとした被毛に覆われる尻尾に茶々は顔を寄せた。
 鼻先をもふんと茶色の毛の中に埋めて、顔を小さく左右に動かしふわふわ柔らかな感触を味わった。
 緩くウエーブかかる太郎の柔らかな毛は茶々のお気に入りで、特にこの尻尾の毛並みは最高だった。
 日の光を浴びるときらきらと輝く太郎の被毛の中でも、尻尾の毛は極上の絹糸を思わせるほどの艶やかさと肌触りだ。
 時々太郎が眠っている間、誰も見ていない(と茶々は思っている)頃合を見計らい、
こんな風に大好きな太郎の毛並みを独り占めするのが茶々の幸せな時間の過ごし方だった。

「んふふー。 ふわふわー、わふわふー、ふわわふー」

 見事に崩れ落ちた至福一色の表情で、茶々は何度も太郎のふわふわ尻尾に頬ずりをしたり爪を立てないようにしながら撫でたりを繰り返し、ほぅ、とうっとり溜息をついた。そしてまた、頬ずりやら撫でてやらをひとしきり繰り返す。

「はぁ……ふわふわぁー、わふわふぅー」 

 満足したのか、太郎の太ももを枕にころんと寝っ転がり、極上の感触を思い出しながらとろとろにとろけた満面の笑みを浮かべていた、が。

「――ん?」

 寝返りを打って横を向くと、太郎の太もも枕の被毛に違和感を覚えた。

「ねぇ、フランシス」

「どうしたんだい、茶々? もう一度脱皮の話が聞きたくなった?」

 ガラパゴスのうろこを眺めたりあーだこーだうんちくを披露していたフランシスは、茶々の呼びかけににやりと口元を釣り上げた。

「ちがうわよ! そんなワケないでしょ!」

 太郎のふわふわ尻尾を愛でていた表情は一変し、茶々の猫目は再びきぃっと釣り上がった。が、すぐに溜息をひとつつくと太郎の太ももに視線を向けた。

「ねぇ、これも……“だっぴ”?」

 さっきまで茶々が頭を預けていた太郎の太ももは、尻尾と同じ位ふわふわふさふさの毛で覆われている。けれどよく見ると、毛糸をほぐしたようなぽわぽわした毛の束が毛と毛の間からいくつも見えた。
 よく見れば太ももだけでなく、太ももからお尻、尻尾にかけてのふんわりたっぷりとした被毛にも不思議なぽわぽわが見とめられる。
 まだらに浮かび上がっているその毛束が、先ほどガラパゴスとフランシスが言っていた“だっぴ”に茶々は思えた。
 フランシスも茶々と同じように、彼女が示すぽわぽわ毛束を見つめ思案顔をする。

「ほらみて! こうすると……取れるの! やっぱこれって“だっぴ”じゃないの!?」

 茶々は前足の爪で毛束を引っかけると軽く引っ張った。すると、何の抵抗もなく毛束は太郎の体から離れていった。何度かその動作を繰り返し興奮した様子でフランシスを見つめた。
 フランシスは太郎の太ももと茶々が抜き取ったぽわぽわを交互に見比べた後、にやりと笑って頷いた。

「そうだね、茶々。君の言う通り、これは脱皮だね」

「ですねー。たくさん、とっても、ぽわぽわのけが、ぽわぽわしてますね。ぼくの皮が、ぺりぺりの、ぽろぽろとおちて、おちるのが、にていますね」

 いつの間にか茶々とフランシスの側に佇み、床に落ちた太郎のぽわぽわを掴んでは落とし、また掴んでは落としを繰り返していたガラパゴスも、ゆっくりと頷いた。

「やっぱり!」 

 フランシスだけでなくガラパゴスの同意も得ると、茶々は一際大きな声を上げた。
 すると、今まで周囲の会話にも起きる気配のなかった太郎はぴくりと身じろぎ、大きなあくびを洩らしながら寝ぼけ顔だけを声のする方へと向けた。

「――う〜ん……? どうか、したぁ〜〜?」

「どうかしたぁ、じゃないわよ! 太郎、アンタだっ……」

「あぁ! 太郎、気にしなくていいから。君はそのまま眠っていて大丈夫さ」

 脱皮の事実を告げようとした茶々の声をさえぎり、フランシスは太郎のお腹をぽんぽんとさすりながらにっこりと微笑んだ。

「ん〜、そう? それじゃあ、お言葉に甘えて。おやすみぃ……――ぐーぐー」

 一瞬いぶかしげに表情を曇らせるが、フランシスの笑顔ににこぉっと笑みを返してまぶたを閉じる。程なく、太郎の寝息が響き始めた。

「もう! フランシス、なんで太郎を寝かせちゃうのよ! だっぴが始まったって教えようとしたのに!」

 眠る子供をあやすように、寝息のリズムに合わせて太郎のお腹をさすり続けるフランシスに、茶々は鼻息を荒くした。
 けれど、そんな茶々に向かってフランシスは茶目っ気たっぷりにウィンクした。

「ねぇ茶々。目が覚めたら脱皮が終わってたら、太郎はびっくりすると思わない?」

「……え?」

「太郎は自分の力では脱皮しずらいんだよ。だからね、僕らで脱皮の手伝いをしてあげようよ」

 お腹を撫でていたフランシスの手のひらは、太もものぽわぽわの毛束をつまんで引き抜いた。フランシスの指先から離れた毛束は、そよ風に揺られてふんわりと床に落ちる。

「…………」

 眉間に皺を寄せ渋い顔をする茶々に向かって、フランシスは“ね?”と同意を求めて小首を傾げる。

「……でも、だっぴが終わったら、太郎もっと大きくなっちゃうんでしょ? アタシ、それはいやだなぁ……」

 口元をへの字に曲げて渋る理由を告げる茶々だが、フランシスは自信満々に頷いて見せた。

「大丈夫さ。これは脱皮の最終段階だからね。これ以上太郎が大きくなる事はないよ。だから、心配しないで」

 そう言われても、日頃フランシスから受けるからかいの数々を思い浮かべると、茶々の中から懐疑の念はそう簡単に消えてくれるはずもない。また何か企んでいるのではないかと眉間の皺を更に深く刻み、太郎のまだら模様の体を見つめていた。
 フランシスは肩をすくめたがすぐに瞳を妖しげに輝かすと、考え込む茶々の耳元でそっと囁いた。

「きっと、太郎も喜ぶと思うんだけどな?」

 ぴくり。
 案の定、茶々の片耳が揺れた。もう一押しだと、フランシスはにやりと笑う。

「きっと、茶々、僕のためにありがとう! さすが茶々だね! って、言うと思うんだけどなぁ……?」

 ぴくぴく、ぴくり。
 茶々の両耳が激しく揺れた。 

「――そ、それなら? まぁ、太郎のためなんだものね。しょーがないから、手伝ってあげようじゃないの……!」 

 茶々の脳内でフランシスの言葉が太郎の(若干イイ男ボイスに変換された)声で再生され、思わずニヤけてしまいそうになるのを堪えながら、彼の提案にようやく頷いた。
 そんな茶々に、フランシスは腹の中でにんまりと笑みを浮かべていた。

「僕も、お手伝いを、お手伝い、します」

 太郎の太ももから毛束を抜く仕草を繰り返すガラパゴスに、茶々とフランシスは首を横に振るはずもない。
 フランシスは茶々とガラパゴスを交互に見ると、機嫌よさげに両手をぱん、と打ち鳴らした。

「よし。それじゃあ、太郎の脱皮のお手伝い開始だー!」

「「おーーーーーー!」」

 フランシスの掛け声に茶々とガラパゴスは片手を掲げ、気合の入った声を上げた。
 室内に三人の大声が響いたが、太郎の寝息が途切れることはなかった。



 太ももはフランシス、お尻周辺が茶々で、尻尾がガラパゴスといった風に、いつの間にか役割分担をしながら作業は行われており、寝そべる太郎を囲み、三人はきゃっきゃと“脱皮の手伝い”に精を出していた。

「わぁ! 見てコレ! すんごい取れた!」
「あぁ、こっちもだよ。 ほら」
「あーーーーーーすごいですね。 すごい、すごく、ぽわぽわが、もこっと、もこもこと、取れていきますね」

 三人のそばにはいくつものぽわぽわ毛束が散乱し、細かな毛は宙に舞い、窓から差し込む光に照らされふわふわと浮かび上がっていた。
 ぽわぽわを摘んでは床に落とし、また摘んでは落とすの繰り返し。そんな単純作業ではあっても、ぽわぽわを抜き取る感覚が楽しくてたまらない。三人とも口にはしないが彼らの表情からはそれがよく伺えた。
 要領を得たのか、茶々は器用に手のひらの両端にある爪を二本使ってぽわぽわを引き抜き、すかさずもう片方の手のひらの爪で同じようにぽわぽわを引っ掛けるという“二刀流”を体得していた。

「ほーんと、すごいわねー。どんどん取れる」

 決して手の動きを止めずに茶々は感心した風に呟いた。

「まぁ、暑くなってきたからね」

 茶々の呟きに、フランシスは得意げに答える、が。

「え? 暑くなるとだっぴするモンなの?」

 すかさず茶々が疑問を返した。

「あ」

 フランシスの言葉が詰まる。

「あ、あぁー、そうさ。なんたって、暑いからね。暑くなる前に脱皮が全て終わってしまった方が、太郎にとっても楽だろうからね」

 一瞬、しまったと視線を泳がせたが、すぐさまにっこりと笑顔をつくろった。
 けれど、そんな表情の変化に気が付かないほど茶々は鈍感ではない。ジト目でフランシスを睨みつけ、その変化を問い詰めようとした時。

「そう。そうなんです。暑い前、暑いの、前に、ぽろぽろと、脱皮は、脱皮を、していくものなんです」

 すかさずガラパゴスが訝しむ茶々にそう言うと、フランシスはガラパゴスのフォローにそうそうと何度も頷いた。
 “だっぴ”に関しての知識はフランシスよりもガラパゴスの方が体験している分、その発言には説得力がある。だけど、フランシスの一瞬見せた慌てぶりがどうにも引っかかる。茶々のジト目は更に細まり、フランシスのつぶらな瞳を突き刺すように睨み付けた。

「ほ、ほら茶々。手が止まってるよ! この辺、まだぽわぽわが残っているよ」

 不自然なフランシスの笑顔に、茶々の中にある小さな疑惑は確信に変わる。
 茶々はフランシスに顔を寄せ、低く低くうなった。

「ちょっとフランシス、アンタなんか隠してるんじゃ、」

「ふぁー……なんか、きもち、ぃ、ねぇ。こっちもぉ――」

 茶々がフランシスを問い詰めようとしたその時、ずっと眠り続けていた太郎が寝言交じりに呟いて、ごろん! と勢いよく寝返りを打った。太郎の周りに落ちていたぽわぽわが一気に舞い上がり、窓から入り込むそよ風も相まって散り散りに飛んでいった。

「あーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 舞い上がるぽわぽわに、茶々の悲鳴が上がった。

「太郎のバカ! なんで寝返りなんてするのよ! せっかくぽわぽわ集めていたのにっ、みぃんな飛んでっちゃったじゃない!!」

「……茶々。あのぽわぽわ、集めていたのかい?」

 宙に舞うぽわぽわを必死に掴もうとしている茶々に、フランシスは呆れ交じりに問いかけた。

「うん。だったあのぽわぽわ、ぽわぽわのふわふわで気持ちいんだもん。だから、集めておいて、あとでやわらかクッションの上において、いつでもふわふわ出来るようにしようと思ってたのに。なのに、バラバラになっちゃったぁ!」

 何とか掴み取ったぽわぽわを抱えて、茶々の猫目に今にも零れ落ちてしまいそうなほど涙が溜まった。
 茶々の中で構築されていた“いつでもふわふわ計画”が音を立てて崩れ落ち、その欠片ともいえる手の中のぽわぽわに頬を寄せた。

「まぁまぁ、また集めればいいだけさ。ほら、こっち側にはさっきよりぽわぽわが沢山あるんだし、さっきのよりも大きなぽわぽわの塊が出来るさ」

「そうです。それに、ぼくが、ぽわぽわを、ぽわっと、また、集まって、集めてあげますよ」

 肩を落としすっかり落ち込んでしまった茶々にフランシスとガラパゴスは、ぽんぽん、と彼女の頭を優しく撫でて微笑んだ。

「――アンタ達……」

 励ましてくれる二人に茶々はぐすんと小さく鼻を鳴らして、“ありがと”と呟いて、再び“いつでもふわふわ計画”を達成させるべく太郎の体に残るぽわぽわと向き合った。

「よぉし、太郎の脱皮の手助け、後半戦のスタートね!」

 拳を掲げて気合を入れる茶々に、フランシスは胸を撫で下ろした。太郎の寝返りのお陰で、茶々はさっきフランシスを詰問しようとしていた事を綺麗さっぱり忘れていたからだ。

「あー、良かった。ばれずに済んだ!」

 フランシスはそう心の中で呟いたが――その数分後、茶々にブチ切れられる事を、この時は全く予想はしていなかった。


※     ※     ※     ※     ※ 

 鼻歌を歌いながら、四匹の飼い主の一人である瞳が、一通りの家事を終えてリビングへと続く扉に手を掛けた。
 彼女の手には、犬用のブラシが握られている。

「たろちゃー、最近毛の生え変わり時期だもんねー、毛がいっぱい抜けちゃって大変だものねー、今ブラッシングしてあげますよー――って、あら?」

 スリッパの足音を響かせながら四匹のお気に入りの場所である窓辺まで近付くと、瞳はそこで繰り広げられている光景に目を丸くして歓声を上げた。

「すごーい! ちゃーちゃもフラン君もガラちゃんも、たろちゃの抜け毛を取るの手伝っていたの!? もう、みんなえらいこえらいこーー!!」




―end―







   




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