*Short Story*『列車』

『列車』#Short Story

製作:2011.04.10
文:おだ



**Short Story**

  『 列車 』

向かい合う列車の席に座った女が、
「ねぇ、見て?」
手招きをして、窓の外を指差しました。
その表情はなんだか嬉しそうです。
目をやった窓の外には、静かな海が広がっていました。
吸い込まれるような、遠く、透き通るような青い空。
心の中まで優しくなれる、そんな静かに輝く海の見える列車の窓でした。
列車はひとつカタンと揺れて、次の駅が近いことを報せます。
「もうすぐだね」
男は呟くように言いました。
するとその女は、
「あなたと逢えるのを楽しみにしていたのに」
そう言いました。淋しい気持ちを拙い笑顔で隠しきれずに。
「大丈夫。僕は次の駅で降りるけれど、すぐにまた会えるさ」
男はゆっくりと立ち上がると、黒いコートを羽織り、黒いマフラーを首に巻きました。
列車がゆっくりと止まり、ドアが開きます。
男は言いました。
「君が咲かせる花を、楽しみにしてる人がいる」
男は列車を離れました。
女はその背中を見送りながら言いました。
「私はいつだってあなたの背中ばかりを見送るのね」
ドアがゆっくりと閉まり、列車は再び動き始めます。
女は輝く海を見つめていました。頬を涙が伝います。
「……もう、春なのね」
男の声が耳の奥で響きます。 ――君が咲かせる花を、楽しみにしてる人がいる――
女は涙を拭って、呟くように言いました。
「泣いてなんていられないわよね、私は――」
窓の外に目をやると、遠くへと羽ばたいてゆく鳥たちの群れが浮かんでいます。
その光景を見て、女は微笑みました。
「――私は、あなたが見せるあの白に、いつだってあこがれているのに、ね」
列車は春を独り乗せたまま、次の駅をめざします。
――次は卯月、卯月。

 -end-